両国散歩
 
案内板

 花火今昔物語


 花火師に聞く(協力:ホソヤエンタープライズ)



花火師(株)ホソヤエンタープライズ四代目代表取締役社長河野晴行(こうのはれゆき)さんにインタビューしました。

  昔々その昔天保時代から、かの有名な「鍵屋」の打ち上げの手伝いをしていたそうですが、政府から正式な許可が下り、創業したのは明治39年。以来隅田川花火大会第1会場にて花火を打上げ続けている。
ちゃきちゃき江戸っ子の河野さんが言うには隅田川は住宅が密集していて積込み(打上げ)場所が狭いという難点はあるもののそこは、やはり愛すべき江戸・両国、何処の会場よりも力が入る。伝統と歴史、95万人の見物人、役者でいえば歌舞伎座のようなもの。dレーザー光線を盛り込んだ派手な西洋式花火は、花火じゃねえ、粋と野暮は紙一重よ!”と日本のわびさびを追及します。今後も隅田川花火大会を私たちの手で守り続けて行くので、みなさんも応援お願いします。とのこと。一瞬の夢に賭ける男意気を感じさせてくれる方でした。
 隅田川花火大会にジンクス有り。
戦後、天候による中止・順延は今まで無いそうです。雷鳴が轟き、雨が降っていても不思議と開始直前にはピタリと止んでしまうんだって。
(株)ホソヤエンタープライズは当日、第二会場を受け持っておられます。   河野さんには隅田川写真コンテストで名誉審査員をしていただくことになっています。みなさん奮ってご応募下さい。
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 地元カメラ屋の主人:トキタフォト 時田恒夫さん

 時田恒夫さんは両国でお店を開いて30余年、 変わり行く街並みをファインダーを通して見つめて来た両国名人です。  今回は隅田川花火大会にちなんだお話をしていただきました。

江戸っ子はほとんど水に親しむことがなくせいぜいが舟遊び(現在の屋形船)。その舟の間を花火舟が注文を取り、代金と引替に手筒花火をドーンと打ち上げる。流しの演歌師が注文に応じて歌を唄うようなものだったそうです。以後見物が群衆するようになり、今日に至るわけです。
 「橋の上は玉や玉やの声ばかり 何故に鍵屋といわぬ情なし」d玉屋・鍵屋”とは、言わずと知れた、江戸時代の花火屋。鍵屋に比べ玉屋の方が人気者だったのだが、火事を出してしまい、たった20年で江戸を追放されてしまったそうです。歌が語っているように、お取り潰しになった玉屋をいつまでも偲ぶ江戸っ子が多かったようです。

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 両国花火資料館の紹介

享保十八年(1733)に「両国の川開き」として始まった両国の花火は、戦争などにより度々中断し、また交通事情等の理由により昭和36年を最後に終了した。その後、多くの関係者の努力により昭和53年「隅田川花火大会」としての伝統を維持して来ました。

        


「瞬間の芸術」といわれる花火について、その歴史や芸術性をより深く理解していただくとともに、花火や隅田川の持つ江戸情緒を味わってもらうために、「日本の納涼花火大会発祥の地・両国」に「花火資料館」を社団法人日本煙火協会を始め関係者の方々の多大なご協力を得て開館いたしまして、早いもので5年がたち、先日、皆様方のお陰をもちまして、入館者数が2万人に達しました。所蔵品については今後も順次加え、時期折々の「企画展」「特別展示」も続けていく予定でおります。
(7月1日〜8月31日の期間、特別展として順次収蔵してきた古書、プログラム等を一挙にご紹介します。)

両国花火資料館

 住 所 墨田区両国2-10-8 住友不動産両国ビル1F
     (JR両国駅西口下車徒歩5分)
 開館日 毎週木・金・土曜の3日間開館 (7、8月は毎日開館)
 時 間 正午〜午後4時
 入場料 無 料
 連絡先 墨田区文化観光協会
     電話 5608-1111

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